一泊交流会(jrps北陸支部)に参加して

平成13年9月29日(土)から30日(日)に石川県和倉「六翠苑」で開催された一泊交流会に始めて参加しました。私がjrpsのことを知ったのは去年の10月です。それまでは、網膜色素変性症で悩んでいるのはごくわずかの人たちで一人一人個々に悩みを抱えお互い相談することもなくだんだん見えなくなってくる恐怖と不安に押しつぶされようになりながら日常生活を送っていられることと思っていました。同じ悩みを持つ人との出会いは私にとってなにか新しい光を感じさせたものでした。その人たちと同じ場所で一夜を共に過ごせるということは張りつめ、頑なな心がほぐれるのではないかそんな安堵感を期待してこの交流会を待ち望んでいました。

秋のさわやかな陽光を感じる土曜日の午後、高岡の駅で塘添さん夫婦と待ち合わせ津幡駅で富山の方々と合流する。和倉までの間点字の升あけについて話す。点字を覚え始めて一年半になるが、まだ十分に読解できない。升あけについてはなかなか難しい。全て口語文法で判断できない部分もあり、言葉と言葉の関係の繋がりを重視しながらも、複合語をいかに読みやすくして升を空けるかということを基本にしながら、点字の勉強を続けていかなければと自分に言い聞かせる。和倉まで二度の乗換えがあったが無事到着。幹事の北野さんの出迎えによりバスで「六翠薗」へ直行。この建物は障害者優先的に使用できるだけに細部にわたって配慮されたつくりになっている。盲導犬を許可している施設は石川県ではこの建物一軒であり、富山県では盲導犬を許可し、障害者優先のこのような施設は無いと聞かされ愕然となる。

富山医科薬科大学の松本先生をはじめ総勢20名自己紹介も終わり入浴後夕食。アルコールも入り次第に心が溶け合っていくのが感じた。詩吟・尺八・民謡・歌謡曲など多彩な芸が披露される。どの人も上手だ。趣味の深さを感じる。よく食べよくのみ心おきなく話した。このように心を開いて酒を飲んだのは久しぶりである。ついつい飲みすぎたらしい。部屋にもどっても話ははずむ。床についたのは12時を大分回っていたらしい。

二日目朝からあいにく雨模様。白杖の使い方を教わりながらの付近の散歩は中止。大広間に移動して野村さんから白杖の使い方を学び森崎さんの盲導犬と同伴しての歩行を体験する。ゆくゆくは、白杖を持って歩かなければならないとは思っているがまだ決意がつきかねている。また、盲導犬の忠実さに感心させられた。

その後松本先生を囲んで座談会を始める。先生から去年留学されたアメリカと日本の研究室の設備の違いや遺伝子に対する説明を聞く。まだ網膜色素変性症の遺伝子は完全には解っていないようである。一つ一つ膨大な数の遺伝子を調べ上げていく研究の積み上げの努力に頭が下がる。世界の医学者が最新の科学技術をもって研究されているのだから解明はそんなに遠い未来ではないように思う。研究のため私たち患者の遺伝子が必要であればぜひ血液を提供したい。その後個々人の症状について質問それに対する先生の見解。網膜色素変性により生ずる白内障の手術の時期、治療薬、網膜移植、遺伝など。活発な意見の交換がなされた。予定の2時間は瞬く間に過ぎ去ってしまった。またこのような機会を設けて欲しいと強く願いながら昼食を済ませ岐路に着く。帰りの車内ではパソコンのことが話題になった。私も同じであるが皆さん苦労しておられるようである。パソコンについての情報交換も必要だ。

このように始めての交流会の参加は私にとって実りあるものでした。障害を負うて生活していくのは本当に不便ではありますが、この障害のお陰で心おきなく話ができる人たちとの出会を与えられたことはなににも増して人生の宝を得たような気がします。

この会に多大なご協力をいただいた松本先生、会を世話された幹事さん、会員の皆様の御多幸を念じ、筆をおきます。


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