野鳥の声を聞く「刀利ダムにて」
−−−6月2日の日記よりーーー
坂田 清
生来、鳥好きでここ何十年と多種の飼い鳥と共に過ごしてきた。
現在、我が家では、「金糸雀(カナリア)」「文鳥」「十姉妹」などの鳥が夜明けと共に鳴きだす。
野鳥の声に魅かれたのはNHKの深夜便で毎週日曜日の朝放送されている番組が契機である。
視力が低下して、将来に不安を覚えていた時、なんとも語りつくせない野鳥の澄んだ声を聞いてほっとした安らぎを覚えた。
そういう事が有って、いつかは野鳥の声を聞きたいと心の中に温めていた。
5月19日に偶然の機会があり、二上山で野鳥の会の人と共に野鳥の声を楽しんだ。
その時、聞いた「黄鶲(キビタキ)」の微妙で複雑な声は今も耳の底に残っている。
5月25日土曜日は、「ふれあいin箱根」の全国大会に参加して、芦ノ湖から金時山に初登山をした。
「駒鳥」の山全体に響く声に登山の疲れも忘れて聞きふけった。
野鳥の声は確かに私に今まで気づかなっかた何か新しい感覚を与えてくれる。
そんなことを期待しながら、6月2日の野鳥の声を聞くのを小学校の生徒が遠足に行くように心をはずませて待ち望んでいた。
いつになく朝、4時過ぎに目覚め我が家の鳥に餌を与える。
2週間前に孵化した「金糸雀」の雛も元気に餌をねだっている。
いい天気だ。
7時30分にふれあいセンターに集合してバスに乗り込む。
バスの中で野鳥の会の人からの説明によると、天気の良い日は野鳥はあまり鳴き声は聞かれないそうである。天候の良い日は鳥たちも朝早くから活動して私たちが到着するころはちょうど活動の休憩にあたるらしい。雨天の場合は活動も遅く私たちの到着する時間が活動の時間に当たる。少し残念に思いながらも天気のいいのは気分もさわやかである。
刀利に着いた途端、アンテナの上で「頬白」が私たちを迎えるようにさえずっている。この鳥は(一筆啓上つかまつり候)と鳴くそうである。古い言葉なので現在では(札幌ラーメン・味噌ラーメン)と聞きなしをしているそうだ。
続いて鶯の声が高らかに鳴き響いた。やはりこの鳥の声は心を清らかにしてくれる。
ロータリの人に案内され野鳥の声を聞きながら遊歩道をゆっくり歩いた。快い風と陽射しの中で、まるで時間の流れが止まり自然に溶け込んでしまったように感じる。そんな感覚にとらわれていると左前方から「時鳥」が(特許許可局)と鳴き出した。この鳥は(てっぺんかけたか)とも聞きなしをしている。「子規」「不如帰」「杜宇」などとも書く。鶯の巣に卵を産み雛を自分で育てない。「郭公(カッコウ)」ととともに託卵の代表的な鳥だ。
昔から和歌にもよく詠まれ百人一首にも「ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の月ぞ残れる」と詠まれている。この鳥は夜でも鳴くらしい。古代の人はこの声を聞くために一晩起きていたそうである。何を思い、何を考えながらこの声を待ちわびていたのだろう。
そんな事を考えていると「黒鶫(クロツムギ)」がなんとも言えない微妙な請で鳴き出した。これほど複雑で微妙に鳴く鳥も珍しい。あまりにも多くの鳴き方をするので聞きなしも無いくらいである。しばらくの間、うっとりと聞き惚れていた。本当に良い声だ。
しばらく歩くと今度は「筒鳥」の声が沢の向こうから聞こえてきた。この声を聞くのは初めてである。竹の筒を叩くような音で鳴く。この鳥も託卵の代表的な鳥である。野鳥の会の人の説明では1年に15個の卵を他の鳥の巣に産んでも本当に巣立ちまで成長するのは2・3羽だそうである。雀や燕等は2回目の巣作りに入っている。1度に4匹から5匹の雛を育てるから、これらの鳥に比べて決して効率のいい子孫の残し方ではないように思われる。
曲がり角を越すと下の方から沢が流れている。水音が軽やかに聞こえてきた。この辺りでは、よく「大瑠璃(オオルリ)」の鳴き声が聞けるということだ。しばらく耳を済ませて鳥の声に全神経を集中した。「鵯(ヒヨドリ)」の鳴き声だけは耳に入る。この鳥は実に人懐っこい鳥で、人家の庭にも平気でやってくる。時にはかなりの遠方ではあるが「目白」の声が(長兵衛・中兵衛・長なか兵衛」と鳴いている。「時鳥」「鶯」「黒鶫」が盛んに鳴き出した。自己の存在を命掛けで声によって表現しているようだ。静けさの中で鳥の声だけが摘出されて美しい天然の音楽として聞こえてくる。しばらくこの美しき鳥の合唱を全身で受け止め、楽しんだ。
しかし、期待の「大瑠璃」の沢に響く一声が聞こえてこない。
また、歩を進めようとした時、(ちよちよびー)と「仙台虫喰(センダイムシクイ)」の声がした。1度きりである。
しばらく歩いて、ロッジの前のベンチに腰を落とし休憩をとった。相変わらず「時鳥」「頬白」「黒鶫」の声が安らぎを与えてくれている。こんなに長く黒鶫の声を楽しんだの
は初めてである。
多くの鳥の鳴き声に混じって「山椒喰(サンショクイ)」の声がヒリリン、ヒリリリン」と細く高い金属製の声で鳴き出した。山椒を食べ、辛さのあまり「ヒリリン、ヒリリン」と鳴いている声だそうだ。
ロッジの前で休憩しながら刀利で聞けると聞いていた「青鳩」と「赤翡翠(アカショウビン)」が鳴き出すのをひたすら待った。残念ながら聞くことは出来なかった。
私たちより1時間早く来た人は「赤翡翠」の声を聞いたそうである。この鳥は「雨乞い鳥」とも言われ実に物悲しいい声で鳴く。バスの中でテープで聞いたのであるが本当に雨を呼んでいるような淋しさをかもし出す声だった。
時間の都合であまり長居も出来ず、後ろ髪を引かれる思いをしながら帰路に付いた。帰り道も悠悠たる気分を味わいながら、幾種かの野鳥の声を聞きつつゆっくり歩を進めた。
どこからと鳴く「四十雀(シジュウカラ)」の声が(ツツピー、ツツピー)と弾んだ声で鳴いている。
バスから降りた時に鳴いていた「頬白」は、まだアンテナに止って盛んに鳴いている。
「花は折るべからず見るべし、鳥は飼うべからず聞くべし」とは誰の言葉であったであろうか。
「頬白」に出迎えられ、送られた、そんな素晴らしい春のひと時を過ごさせて頂いた一日であった。
野鳥の会・ロータリの会の皆さんに深く感謝しながら筆をおく。
本当に有難うございました。