僧ヶ岳から駒ヶ岳登山記 その2


実に素晴らしい天候である。殆ど雲がなく晴れ渡っている。私は山田さんのサポートで歩き始めた。20分ほど歩くと汗が前身から溢れ出してきた。一旦汗をかいてしまえば、体調が良くなってくる、それが通常の状態だ。しかし、どうも体調は上がらず、体が重く感じられる。睡眠不足の成果、少し風邪気味のせいであろうか。それでも、天候のよさと周りの美しい紅葉に元気付けられ歩調を進める。周りにはブナの木が生えているがあまり大きくはない。直径20cmほどのブナの木が多い。僧ヶ岳では、1400m近くにある針葉樹によって構成されている混交樹林の方が珍しいそうである。
制限時間もあるせいであろうか。皆さんの歩く速度は速い。少し、辛いがなんとか遅れずに付いていく木の種類もブナの木からダケカンバに代わり回りも明るくなってきた。
しばらく歩くと、宇奈月コースと前僧ヶ岳への分岐(1600m)に到着。私たちは宇奈月尾根コースを選んで進む。青空と快い風に包まれ、樹木のにおいをする爽やかな空気を全身に吸い込み新しい生命を与えられたような気がして頂上に向かって進む。眼下には富山湾が広く広がっているらしい。
この地帯は僧ヶだけの頂上からの地形と伏せ川の谷とが重なり、草原帯となっている。春には多くの花が咲き乱れるそうだ。
しばらく歩くと左手に澄んだ池がある。山道のすぐ傍まで水がきている。山際に手をついで水に落ちないように登る。それを過ぎると僧ヶ岳「1885m」の頂上に到着。頂上はあまり広くはない。100kg以上もある大理石に魚津市長によって「僧ヶ岳と」書かれた碑が立っていた。
東に白馬岳・鑓ヶ岳・駒ヶ岳、南に毛勝山・大日岳、西に富山湾がはっきりと見えているらしい。一山一山の方向を指で確かめ説明を聞きながらそれぞれの山を心に描く。聳え立つ「毛勝山」を青空の澄んだ秋の光の中に画いた。心が浄化され清涼感を心ゆくまで味わった。
9時30分、北駒ヶ岳に向かって出発。皆さんの歩く速度は衰えることなく快調だ。私は最後尾から歩を進めた。ボランティアで駒ヶ岳まで道を作った柏井さんと話しながら歩く。今年はもう40日以上山に篭って山道を切り開いたということだ。多くの木の根を取り除いての作業は想像に絶するものがある。ボランティアの皆さんのお陰で山に登る事ができる、有り難いことだ。
私の歩みは少しずつだが皆さんから遅れ始めている。どうも体調は万全ではないらしい。30分ほど北駒ヶ岳に向かった所で高い段差を上ろうとして杖をつき体重をかけた途端杖が折れてしまった。登山用のステッキが折れるなんて想像もしなかったことである。杖の長さは通常の3分の2になってしまった。歩みに不安が出る。大地に杖を空突きしたりする。歩みの速度は完全に衰えてしまった。ここまでなんとか皆さんと共に歩んできたのに。差が広がり、それを取り戻す事は出来ない。不安と焦りが心に充満して気持ちだけが先走りする。山田さんもサポートに苦慮されている。杖が自由に操れなければ歩行は無理だ。しかし、それでもなかなか下山の決意がつかない。天候は申し分ないが12時までは駒ヶ岳の頂上を踏むことは残念ながら諦めなければならない。短い杖で少し歩いてはみたが不安は高まるだけである。山田さんも無理であると判断したらしい。「山は逃げない。春の日の長い季節にはきれいな花も咲き、日帰りで駒ヶ岳に登山できる。その時に再度来れば良い。」との言葉に促され、下山を決意した。しかし、私は幼い頃から諦めはあまり良くないほうだ。やはり、駒ヶ岳の頂上の未練は断ち切れない。後ろ髪をひかれる思い出何度も何度も振り返りながら駒ヶ岳を後にした。
11時過ぎに再度僧ヶ岳の頂上に戻る。時間は充分過ぎるほどある。第3版の僧ヶ岳コースの人たちはまだ到着していない。とりあえず、秋晴れの空の下で昼食をとることにした。
駒ヶ岳を目の前にして意気消沈しての昼食である。気分的なもので、山頂のおにぎりの味はいつもと異なる。それでも充分に水と飯を腹におさめた。あたたかい秋の陽射し、一応の満腹感、頂上を踏めなかった脱力感などが伴って知らず知らず野うちに眠ってしまったらしい。大きな歓声で目が覚めた。ある一団体が僧ヶ岳の頂上到着の喜びの歓声である。一時の眠りがそうさせたのか、目が覚めた瞬間異次元の世界にいる私を見た。周りは全て輝いている。空の青も木の色も紅葉の葉の色も明るくとにかく輝いている。太陽の光によっての輝きとは違っている。木や葉、土枯れ枝までそのものが光を発して光り輝いているのだ。こんな経験は始めてである。夢ではない。素晴らしい光景だ。長くは続かなかったが今も鮮やかに思い出すことが出来る。本当に不思議な経験をさせていただいた。
充分休息をした後、少し時間的には早いが下山する事にした。帰りは宇奈月尾根コースをとらず、前僧ヶ岳コースを選んだ。かなり木の根と竹の根が多い山道である。「ナナカマド」の赤いみや「イワウチワ」や「モミヂ」の葉などを手で触りながらゆっくりと山行を楽しんだ。



その3に続く。